この記事が出た日は終戦記念日でした。

弊社社長高岡の亡父正明氏は青年学校の教師でした。戦争が次第に厳しさを増す中、教え子に「この桜の元に戻ってこい。日本は負けない」と送り出しますが、その多くは戻ってきませんでした。鎮魂と平和への想いを込めて、暑い地でも極寒の地でも咲く桜「陽光桜」を完成させ、海外の激戦地へ届けていきました。その思いを継いで、今も高岡は陽光桜を贈り続けています。